千三百九十八 鉄道の話題(1.岩手開発鉄道に客車を走らせることは可能か、2.BRTの問題点)
己亥、西暦2019、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
十二月二十二日(日)
岩手開発鉄道と三陸鉄道の線路が繋がってゐるかを、インターネットで調べても誰も載せてゐない。BRTで気仙沼駅から盛駅まで往復したのは、それを確かめるためだった。結論は、繋がってはゐなかった。しかし盛駅北側の踏切はJR東日本の管理だ。今は岩手開発鉄道の線路しかないが、東北大震災の前まではJRの引き上げ線があったことを踏切の線路跡が示す。
駅で訊くと、大震災の前までは岩手開発鉄道とJRが繋がってゐたさうだ。BRTを走らせるため線路を撤去した。そして三陸鉄道とJRも繋がってゐた形跡(分岐跡、封鎖した信号機)がある。
盛駅に岩手開発鉄道の新しい貨車が2両留置されてゐた。或いは車両製造会社から海路で輸送されたのか。岩手開発鉄道は、今では貨物専用の鉄道で、古くは気動車による旅客輸送も行ってゐた。今から20年くらい前だらうか、ここに客車を走らせることができないか考へたことがある。
趣味で考へただけだ。私が鉄道に興味があるのは路面電車と客車。このうち客車は、客貨車区が担当し、貨車との共通性に注目してのことだった。
岩手開発鉄道の機関車は、客車を6両牽引するには出力が小さい。しかし低速度なら問題ないか。6両だと終点で折り返すことができるか。
一番簡単なのは、客車ではなくJRか三陸鉄道の気動車を入線させることだ。これならすぐにできさうだが、長期に亘り集客できるか。
機関車が客車を牽引しても、古い外観の客車や豪華寝台車にしないと、集客はできないだらう。そのまま私の脳裏から消えた。二十年して訪問するとは思ひもよらなかった。

十二月二十三日(月)
気仙沼線の、柳津から気仙沼までは、鉄道を廃止しBRTに転換された。柳津から一つ気仙沼寄りの陸前横山まではあまり被害を受けなかったから、便乗廃止だ。そればかりか柳津から五つ手前の前谷地まで乗り入れるBRTもあるから、将来は前谷地までBRT化を狙ってゐるのだらう。
BRTにすると運転本数が増えると云ふのがJR東日本の主張だ。確かに鉄道と比べてバスは小型だ。しかし鉄道にも、かつてレールバスがあった。これならバスに近い。車両をレールバスに変更して、BRTと同じ本数になぜしないのか。
鉄道は工事や保線に費用が掛かる。それを車両費と運転費用に回すから、一見、多くできるやうに見える。しかし赤字であることには変はりないから、BRTにすると本数が増える訳ではない。
BRTにすると、乗客は減るさうだ。本数が増えるのに乗客数が減る理由は、次が考えられる。
1.鉄道なら、車内で立ったり移動や、読書ができるが、バスはできない。バスで移動しようとすると、停車してからお立ちください、と注意される。
2.観光客にとり、BRTは存在感が薄い。
3.速度が遅い。乗り心地が悪い。
BRTは踏切で停車や減速することが多い。車両検知のため、検知器の下で一旦停車する。これが速度と乗り心地に影響する。 私が小学生の時に上野まで1.2Kmを行くのにトロリーバスとバスが同じ道路を走った。当時は1.2Kmなのにバスに乗ると具合が悪くなる人がゐた。しかしトロリーバスだと大丈夫ださうだ。バスとトロリーバスの違ひは、加速度だけだ。バスはギアチェンジをするから加速に波がある。トロリーバスは加速が一定だ(正しくはモータと直列に入る抵抗器の多段制御で、わずかに変動する)。
今は自家用車が普及したから、車に弱い人はあまりゐない。だからといって、踏切や検知器のたびに減速したり停車するのでは、遅いし乗り心地も悪い。

十二月二十四日(火)
鉄道をBRTにすること自体は、仕方がない。1984年に操車場で振り分ける貨物が廃止になった時点で、かうなる運命だった。とは云へ専用道は必須だ。将来、エネルギー価格高騰と大都市人口の地方移動の流れが起きて、鉄道を復活と云ふ話が出るかも知れない。
出ないときも、中央にガードレールあるいは集電機能、自動運転機能を持ち、これはバスとは異なるため、地図上は鉄道扱ひされる日が来るだらう。(終)

追記十二月二十九日(日)
BRTで前谷地から気仙沼まで車内に便所が無いのに2時間半は長すぎる。途中止まりにして、駅には比較的広い便所を設置し、20分ほどしてその先のBRTを発車すべきだ。

追記十二月三十一日(火)
岩手開発鉄道の貨車(ホキ100形)を見て、JRとの違ひは(1)交番検査の紙票入れがない、(2)構内掛が乗る踏み台がない、(3)妻面に円形ハンドルがあるが手ブレーキか不明で、そもそも台がないから入れ換へでブレーキを掛けられない。以上から、JR線での走行は不可能と判断した。
その後、ホキ100形は旧国鉄セキ3000形と同一設計と云ふ記述がインターネットにあり、セキ3000形の写真を見ると構内掛の踏み台がない。更に「北海道地区と九州地区で運用される車両は、架線電圧20kVの交流電化区間があり、感電事故防止のため、妻板上部にあるブレーキハンドルを妻面に移設した」の記述があり、妻面の円形ハンドルは手ブレーキと判明した。

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