千三百九十八 南三陸旅行余録
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
十二月二十日(金)その一往路の詳細
往路は、宇都宮、黒磯、新白河、郡山、福島、仙台、小牛田で乗り換へた。宇都宮から先は濃霧のため減速し黒磯に8分遅れた。新白河行きに接続したので5分遅れて発車した。終点の新白河は4分遅れて到着した。新白河発も4分遅れ、しかし郡山は待ち時間が22分あるので遅れなかった。
到着した列車がそのまま福島行きになり、私は数少ないボックス席だったが一旦降りた。15分以上あるときは改札を出る、座ったら次の列車は立つ。これが青春18きっぷで疲れない方法だ。
接続はよい制度だ。遅延が他の線区に広まるが、接続が無かったら鉄道の旅行はできない。駅前から出発するバスも接続するとよいのだが。
福島は29分の余裕があるので、昼食はここで買ふ予定だった。原発の被害を受けた福島県を支援するためだ。駅を出て大通りを1区画回ったが、弁当はおろか食品を売るところがない。駅ビルで230円くらいの日本酒1合アルミ缶を購入した。福島県の産業への最小限の支援になってしまった。
仙台駅を西側に降りて一本左の通りに行ったところ、朝市を偶然発見した。感じのよい街路だ。毎食野菜とたんぱく質総カロリーを気にするので一通り見る途中で購入した。店の人がのり巻も勧めたが、食べ過ぎになるので買はなかった。
小牛田で乗り換へたあとは3駅で前谷地に着く。なぜここがBRTの始発駅なのか不明だ。ほとんどは鉄道終点の柳津から発車するのに、数本だけここから発車する。 BRTの乗車時間は2時間半。トイレ無しでこの時間はきつい人が多いだらう。何とか無事に気仙沼に到着した。

十二月二十日(金)その二二度の旅行中止と、一度の日程変更
今回の旅行は、二度の旅行中止と一回の日程変更を経てのことだった。まづ名古屋の在日ミャンマー人のためのパゴダを訪問する予定だった。丁度灯明まつりがある。ところが台風が来るので、旅行を中止した。台風は予定より早く上陸したため、灯篭の法要は正常に行はれ、しかしJRは台風通過後も運休を続けたから、旅行中止は正解だった。
今度は琵琶湖に行くことを計画した。琵琶湖は中学の修学旅行で、本来は京都駅から団体バスなのに万博で需要が増えたものだからバス会社が強気になり、遠距離を乗らないと受注しない。そのため米原から琵琶湖を経由して京都市内に入った。そのとき以来である。図書館から琵琶湖と水質に関する書籍を大量に借りた。ところがまたしても台風が来て、中止になった。
三度目は大仏への参拝を、13日から二泊三日でホテルを予約した。ところが経典学習会と重なるので、20日からに変更した。その後、経典学習会が22日に変更になった。ホテルの予約を二回変更するのはよくない。そのため予定どほり進めることにした。
それとは別に、先月にニャーヌッタラサヤドーの説法を15年ぶりに聴聞したいと思ひ、上座仏教修道会と電話で打ち合はせて15日の定例会に参加することになった。ところが経典学習会と重なる。だから経典学習会を優先することにして、ニャーヌッタラサヤドーは来年に回すことにした。そして経典学習会は22日に変更されニャーヌッタラサヤドーのお話を聴けた。
以上のやうに、今回はあちこち繰り合はせた末の旅行だった。

十二月二十一日(土)志津川にて
観光協会の案内所は9時半始まりなので、30分間南三陸サンサン商店街を見た。最初に見たときは木で造った良い感じの商店街だと思った。よし、昼食はここで食べるぞ、と決めた。
水産店と食料店を兼ねるところで、コーヒー100円を飲んだ。ここまでは良かった。商店街内のコンビニストアで小岩井農園濃厚牛乳を買った。買った後で生乳50%以上の表示を奇妙に思った。クリームを追加したらしい。製造所は埼玉県行田市とある。埼玉から来て埼玉で製造した牛乳だが、まだ良い雰囲気ではあった。ストローを挿して飲み始めると空気が入る。折り畳みストローを再度引っ張ると折り畳み部分が抜けた。入れようとするが入らない。片方のストローだけで飲んだ。飲み終わったあとストローを挿す穴に口を付け、容器を押したが、残りは1cc程度だった。この時点でもさんさん商店街への心地よさは残った。外に出て、スピーカーから欧米のポップスが流れるのを聴いて、心地よさが完全消滅した。とは云へ、共通のフードコーナー、屋内休憩所など、商店街の人たちの努力は尊い。
さうかうするうちに9時半になった。予め予約したレンタサイクルを観光協会で行った。自転車で南三陸大仏を参拝に行った。さんさん商店街まで戻ったあと、先週一部開園したばかりの復興記念公園に行った。観光協会は感じがよかった。
午前11時のバスで気仙沼に戻った。志津川を11時に出て盛駅を見たあと陸前高田で途中下車するか、志津川を予定どほり出て太陽が傾いた中で盛駅を見て、気仙沼行きに載るか。前者を選択した。

十二月二十二日(日)帰路の詳細
帰路は、一ノ関の手前で、鉄道は千厩から六駅先まで、大きく四方形の三辺を遠回りする。地形が原因かと左右を見渡したがそれではなささうだ。
一ノ関、小牛田、仙台、福島、郡山、新白河、黒磯、宇都宮で乗り換へた。一ノ関は45分の待ち合はせなので、市内を歩いた。活性原酒「雪っこ」180mlはお薦めだ。267円(税抜き)だがアルコール分が20度以上21度未満。これほど濃い日本酒を飲んだことがない。酔仙酒造株式会社は本社が陸前高田市、製造場は大船渡市。今回の旅行と縁が深い。アルミ製の容器には
雪っこは冬季醸造期間中のみ製品に仕上げた白くにごった原酒です。(以下略)

とある。昼食はどこで食べたかまったく記憶にない。それだけ疲れたのだらう。あと記憶にあるのは新白河の乗り換へ時間に一旦改札の外に出た。便所は改札の外の空調の効いた屋内にある。とは云へ、新幹線ホームは密閉が悪いのか、暖房の効きが悪い。在来線ホームで小学生が父親にトイレに行ってくると階段に向かふので、改札の外にしかないことと、停車時間があるので下り列車の車内便所を使ふ方法があることを教へてあげた。父親に感謝された。
もう一つ記憶にあるのは新白河から黒磯まで気動車だった。黒磯駅の直流交流切り替え施設が廃止されたためだ。さすがに疲れたのか、これだけしか記憶にない。三日間の総移動時間は30時間半。このうち乗り換へと待ち時間を除く乗車時間は20時間半だった。(終)

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