千三百三十三(モリカケ疑獄百八十四の三) 1.今こそ安倍倒閣だ、2.共産党称賛、3.公明党は結党精神に帰れ
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
七月二十二日(月)
自民党は議席を減らした。改憲勢力は2/3を割った。今こそ安倍倒閣だ。そんなことできるのか、と思ふ人もゐよう。自民党の非細田派が反乱すれば可能だ。
自民党は、派閥が元は政党だった。だから自民党の長期政権でも、政権交代、腐敗防止が可能だった。今の自民党は独裁政権と変はらない。首相にやじを飛ばしただけで警察官が、会場から追ひ出したり、壁に押し付けたりする。

七月二十三日(火)
安倍の特徴は、お友だち依怙贔屓と、憲法改正を口先で叫ぶことだけだ。そして参議院選挙で、改憲勢力は2/3を割った。安倍には存在意義がなくなった。早く退陣したほうがよい。
安倍の憲法論議に参加することは、モリカケ問題、統計捏造問題、年金問題を隠蔽することになる。安倍への追及を続けることが肝要だ。

七月二十五日(木)
共産党の機関紙「しんぶん赤旗」に安倍を批判する記事が載ったので、紹介したい。
森友・加計問題で安倍首相
論点すり替え異様な反論

と云ふ見出し。本文は
安倍晋三首相は3日の日本記者クラブ主催の党首討論で、森友・加計問題について「国会で相当長い間、議論をした。その結果、私も妻も、直接かかわっていたという証拠は何一つなかった」と強弁。記者から「国民はもう納得しているという前提か」と問われると、安倍首相は「朝日新聞も安倍晋三小学校があったと書いたけれど、訂正していないじゃないか」と議論をすり替えて反論しました。
記者から「朝日新聞の報道を論じる場ではない」とたしなめられても、安倍首相は議論をやめず、「自分たちが間違えたことは全く関係ありませんよという姿勢はおかしい」と一方的にまくしたてる異様ぶりでした。

安倍が変な議論をするやうになったきっかけは、最初は能力不足でまともな議論に参加できなかったのだらう。本当なら与党からも反発が出て、退陣となる。しかし自民党の派閥は細田派が他を圧倒する。阿呆派、ではなかった麻生派みたいに安倍べったりの派閥もある。
野党の攻め所は、安倍の議論は低級だと云ふことをどんどん指摘することだ。

七月二十八日(日)
創価学会公明党系に「第三文明」と云ふ雑誌がある。資本主義を第一文明、共産主義を第二文明。それに対し創価学会公明党は第三の文明を築かうとするものだ。戸田城聖は、会員に三国志をよく話した。魏と呉に対し、蜀で鼎立した戦略を話した。公明党と云ふ党名は、蜀の諸葛孔明と、当時の選挙で云はれた公明選挙を掛け合わせたものだと思ふ。
公明党の動きを見ると、昭和四十年代は一強の自民党に対抗し、社会党、共産党の革新知事に相乗りし、その後は社会党右派、民社党と共闘を始めた。ここまではこの戦略に沿ったものだった。厳密に云へば、戸田城聖は共産党にも創価学会員が進出することを考へてゐたから多少は異なるが、だいたいは沿ったものだった。
ところが自民党政権の与党となってから、変になった。これでは第一文明だ。公明党のすべきは、自民党と決別し、第三の道に戻ることだ。

七月三十日(火)
自民党は、小泉純一郎のあと悪くなった。それまでは各派閥が牽制し合ふから、自民党だけでも連立政権だった。ところが小泉以降は安倍の所属する派閥だけが肥大化し、独裁政権になってしまった。
それでも小泉の流れを引き継ぐならまだよい。小泉は、自民党をぶっ壊すと言って、国民の喝采を浴びた。小泉は都知事選で細川を担いだやうに、安倍とは別の道を行く。安倍のお友だち依怙贔屓を見れば、小泉と異なるのは明らかだが。
公明党が自民党と組んだ状態で出来ることは、自民党内の反安倍と組み、小泉前に戻す。しかし一番いいのは与党を離脱することだ。いつまでも与党でゐると、創価学会の存在意義さへ問はれ兼ねない。戸田城聖は、広宣流布(すべての国民が信者になること)のときは創価学会を解散すると言った。

七月三十一日(水)
かつて創価学会は、理事全員が辞任し新しい理事と交代したことがあった。理事は既得権ではなく責任職だから当然のことだった。組織が大きくなるにつれて、役職は既得権になる。余談だが、東京第四本部の建物の階段上に「理事室」と云ふ部屋があった。実際は使はてゐなかった。
公明党(最初は無所属、次に公明政治連盟)の結成は諸刃の剣だ。役職の既得権化を更に促進した。言論出版妨害事件が起きた時に、公明党を解散する方法があった。全議員が次の選挙に立候補しないと宣言する方法もあった。世間が注目するときに、戒壇本尊の科学的調査(筆跡、化粧直しのときに破片の放射性同位元素年代調査)の受入れと結果次第で戒壇本尊絶対論の放棄、貫首絶対論の放棄(これは64世水谷日昇、65世堀米日淳の時代に戻ることだから容易)、会長凡夫論(これも戸田城聖の主張だから容易)。この三つと引き換へに言論選を行なへば1/3を下回るところまでは行った。
ここで1/3を下回ると云ったのは創価学会の活躍に期待するためで、1/3を越えれば広宣流布と云ふ説を、このころ66世細井日達が直接か間接に言ひ出した。三つと引き換への言論選で1/3を超えると言ったのでは、創価学会に活躍の機会がないから、超えるのは創価学会会員の日夜の努力と云ふことで有終の美を飾るためだった。
実際は、創価学会と公明党の政教分離と云ふ別の道を選んだ。そのことの是非は別問題として、安倍にべったりの今の状況だと、創価学会と公明党の政教分離が本当に行はれたかどうかに、国民の目が向くことになる。さうならないためにも、公明党の解散か与党離脱のどちらかは必要だ。
公明党の賢明な判断を期待して、(モリカケ疑獄百八十四の三)は本日で終了させた。(終)

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