千三百十七(その二) ジャータカ全集第二巻
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
六月二日(日)第八十一話飲酒前生物語
ジャータカ全集は一冊ごとに翻訳者が異なるので、第一巻の残りは省略し、第二巻に入った。第八十一話で注目すべきは比丘の飲酒が禁止されてゐなかったことだ。
人々が、猛毒を持った毒竜がゐて世尊に危害を加へると引き留めたのに、世尊は出掛けた。世尊に随身するサーガタ長老は
凡夫のもつ神通力をそなえていたので、(中略)竜王のすみ家に、草で寝床をしつらえて、両足を組み合わせて坐っていた。竜は、自分の悪性をかくしきれずに煙をはいた。長老もまた煙をはいた。竜は火を吹いた。長老もまた火を吹いた。(中略)このようにかれは瞬間にこの竜王を教化して、帰依と戒とを受けさせて師のもとに帰った。

この話は全国に広まり、町の人々が鳩色の酒を勧めた。長老は酔ってぶつぶつ言ひながら倒れた。釈尊は
「修行僧たちよ、飲んで意識をうしなうような、そのようなものを飲むのは、はたして正しいであろうか」
「尊師よ、正しくはありません」
そこで、世尊は長老を叱責し、修行僧に声をかけて、
「強い酒を飲むことは、殲悔すべき罪である」と、戒条をもうけ、立ちあがって座所から仏の居室に入られた。

ジャータカは釈尊滅後に作られたとされるし、ましてや韻文以外は注解書だ。それなのに釈尊在世のしかも早い時期の話が混ざることに感激した。今の戒律は酒を飲んではいけないが、このときは強い酒を飲むことを禁止された。
私は焼酎もウィスキーもビールと同じかそれ以下に薄めるから、ぎりぎりで合格かなと自分では思ふ。正しくは薄くても量が多ければだめだ。あと飲まないのならそれが一番良い。日本国内で生活すると、酒を飲まないことは困難に近い。

六月三日(月)第九十六話王位についた王子前生物語、第九十九話師の代弁をする弟子前生物語
第九十六話は、ボーディサッタはブラフマダッタ王の百人の息子の最も末の弟として生まれ
「わたしにはおおくの兄がいる。わたしはこの町で一体、王家に属する領土を得られるかどうか」

ボーディサッタがこのやうなことを思ふだらうか。釈尊のかなり古い前生ならあり得るが、ボーディサッタとなったあとはあり得ない。これは注釈の部分で経典ではない。しかし注釈にあることは、比丘の誰かが考へたか、話が伝はるうちに今の体系になった。上座にも王族や富豪の寄進で、堕落したこともあったのだらう。勿論長い歴史の中で解決されたし、その後も堕落と解決を繰り返し、近年ではシュエディン派の誕生で解決された。

第九十九話で注目すべきは
ボーディサッタというものは、たとえ色界定を得たとしても色界を超えることはできないので、無色界には生まれないのである。

の部分だ。

六月四日(火)第百八話仲のよい夫婦前生物語、第百九話樹神への供養前生物語、第百十五話他に警告を与えた鳥前生物語、第百十七話殺された苦行者前生物語
第百八話で注目すべきは
リッチャヴィ王は、信心深く、心清らかで、仏をはじめとする修行僧団を招待して、自分の邸で大布施を行なったという。

尊いのは貧者の一灯だ。こんな話が注釈に出て来ることは、やはり釈尊入滅後に堕落の時代もあったのであらう。しかしそこで滅びず、堕落を解決して今に続くことを尊重すべきだ。

第百九話は、樹神がゐることを信じることはよいことだ。今の時代は平気で木を切ってしまふが、悪いことだ。

第百十五話は、或る尼僧が修業せず貪欲で、優れた食べ物を布施してくれる地域を、他の尼僧には危険な地域だと言ひふらした。一人で行って毎日托鉢をしたが羊に襲はれてももの骨を折った話だ。この話も堕落があったことを示すが、或いは尼僧のゐる時代なので、釈尊が戒律をまだ完全に決めてゐなかった時代の話かも知れない。

第百十七話は、いくらおしゃべりとは云へ苦行者が斧で殺してよいのか、仏道が現れる前の話だから苦行者が殺すこともあるのか、愚か者の意味。これらに疑問を持った。

六月五日(水)第百四十二話ジャッカル前生物語、第百四十三話うぬぼれたジャッカル前生物語、第百五十三話イノシシ前生物語
第百四十二話では、賭博者が死んだふりをして、死体を食べに近づくジャッカルを殺して肉を食べようとしたが、ジャッカルの王に気付かれ、こん棒を投げたが外れたと云ふ話だ。ジャッカルの王はボーディサッタ、賭博者はデーヴァダッタの前生で
ボーディサッタは、ふりかえりながら/「おい、男よ。おまえはわたしを打ちそこなったが、それでも八大地獄、十六小地獄に堕ちるだろう」と言って立ち去った。

ボーディサッタがそんな暴言を吐くはずがないし、ジャッカルの王だと将来ブッダになると知るはずがない。更に、デーヴァダッタは人間、釈尊はジャッカルと、デーヴァダッタのほうが涅槃に近いことになってしまふ。この話はかなり矛盾物だった。

第百四十三話では、デーヴァダッタが五百人の修行僧を連れて独立したので、釈尊が二人の高弟を派遣して五百人を説得して連れ戻した。コーカーリカと云ふデーヴァダッタの仲間が寝ているデーヴァダッタのところに行って怒り
かれの上着をはぎ取り、壁にくいを打ち込むように、かかとで胸を打った。すると、かれの口から血が流れ、それ以来、かれば病人となった。

暴力を肯定する悪い注釈だ。実際のデーヴァダッタは、この注釈の前の部分に出て来る「五つの要求」を出し、中村元さんの別の著書だと真面目な修行者だし、デーヴァダッタの教団はその後も長く続いた。
だとすればこの注釈は、釈尊が入滅したあとデーヴァダッタのことを知らない世代で、しかもデーヴァダッタの教団が続いた時代に作られたのだらう。

第百五十三話は、説法をする釈尊の前生がライオンだ。しかしライオンはイノシシに対し
いつかあいつを食べてやろう

と態度が傲慢だ。作り話でも、出来の悪い作り話だ。

六月六日(木)第百七十九話気息違反で死んだサタダンマ前生物語、第百八十五話経文を思い出せない若もの前生物語、第第百八十六話前生物語
第百七十九話は
おおくの修行者たちは、医術や使節、運搬、使いはしり、施物の交換など、このような二十一種のきまりに反する方法で生計をたてていた。

バラモンの伝統の世の中に釈尊が新たな仏道を広めたので、修行僧にこのやうな人が混じったことはあり得る。今回は釈尊在世時の話なのかも知れない。

第百八十五話は、バラモンの息子が家庭生活を続けるうちに心が濁り、経文を思ひ出せなくなり、釈尊に相談する話だ。釈尊は前生でも同じことが起きたことを話す。それよりここで注目すべきは、バラモンが釈尊に相談することで、中村元さんが別の書籍で云はれたやうに、古い経典はバラモンと共存する仏道を示す。或いはこの話も、古いものかも知れない。

第百八十六話は、三人の兄弟を殺して三つの魔法の物体を奪ひ、それで王様を殺して王国を奪った。その大臣が釈尊の前生とは信じられない。これは悪い作り話だ。(終)

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