千二百九十七 上座に関係する書籍を読む(3.中村元選集第13巻「原始仏教の思想」)
平成三十一己亥年
四月二十六日(金)第二編第一章まで
初期の仏教の基本的立場に顕著な二つの特徴を認めることができる。
一、無意義な、用のないことを議論するな。
二、われわれは、はっきりした確実な根拠をもっているのでなければ、やたらに議論してはならぬ。
(16)
類似した話に、悪いことをせず善いことをするのが仏法だといふものもある。どちらも前提として述べたものだ。前提として挙げたことをするとともに、出家者は修行することで阿羅漢を目指し、在家は説法を聴くことで来世は天、または良い人間に生まれることを目指す。神々もそれを称賛する。
前提より後の部分を忘れるから、仏法は単なる道徳だとか、法(議論する物)がない、と短絡してしまふ。
インド哲学一般では生存者を分類して、神々と人間と畜生という三種にするのが普通である。(中略)しかし原始仏教ではこの分類法はあまりとらなかったようである。(中略)五種あるいは六種あると考えた。
(81)
五種の場合は、阿修羅か餓鬼のどちらかが抜けた。
五つにまとめられたのは、原始仏教聖典においてはかなり後のことであり、(中略)<六つの生存領域>という観念は原始仏教聖典の詩句の部分には現れていないようである。
(84)
さて
神々も人々も欲望にとらわれて執著をもっているものであるが、しかしともに仏の教えを聞いて解脱が得られると考えたのである。
(85)
この思想が日本にも入り、神仏が習合した。

四月二十七日(土)第二編第五章無我説
無我について
「我ならざる(こと)」(not a soul)という意味と、「我を有せざる(こと)」(without a soul) という意味と二義がある。
(140)
その上で
経典の中の最古層に表明されている無我説によると(中略)修行者はまず「わがもの」という観念をすてねばならぬという。したがって無我説とはこのような意味における我執を排斥しているのである。
(142)
次に
以上の諸説と相並んで初期仏教の聖典は、我ならざるもの(非我)を我(アートマン)と見なすことをも排除している。/『神々ならびに世人は、非我なるものを我と思いなし、名称と形態とに執着している』
(152)
さてサンスクリットでアートマン、パーリ語ではアッタンについて
アートマンとは元来気息を意味する語であった。
(152)
パーリ経典に息の瞑想についてあるのは、これが関係するかも知れない。
最初期の仏教においては、「名称」とは精神的な表象内容、「形態」とは身体のことであると考えていたらしい。
(154)
また
身体がわれわれのアートマンであると解する思想は相当に根強いものがある。
(155)
として唯物論者を挙げる。
このような見解を初期の仏教徒は『自己の身体を執する見解』(原語略)と呼んでいる。(この語は仏教における重要述語として用いられていたにもかかわらず、後にはその原義が不明になった。そうして後世この俗語形がサンスクリットに直される際に(中略)漢訳仏典では「有身見」と訳されている。略して「身見」ということもある。)
(156)
これは貴重な情報だ。
ここで「身体」という場合には、近代人が理解するような身体の観念のみに限られず、さらに精神作用をも含めたものであり(以下略)
(157)
以上までのまとめとして
このように『自己の身体を執する見解』は、初期の仏教においては根本的な重要な意義をもっていたにもかかわらず、後世の仏教においては、人間の有する単なる迷妄の一つにすぎぬものと解せられるに至った。詩句の中のやや新しい層によると、真理の認識を得た聖者は身見(原語略)と疑と誓戒(戒禁)との三つのことがらを去っているという。
(157)

四月二十八日(日)無我説について参考資料
五蘊と云ふ用語が現れると
五つのものが執着を起こす素材(原語略)となっていると考えた。(中略)したがって「これらの形成力あるいは構成要素をアートマンと同一視してはならない。アートマンとは異なったものと観ずべきである。」と教えている。
(160)
次に
解脱する主体は何か、というと、心が解脱するのである。(中略)後世の説一切有部等のアビダルマの教義によると、心は識と同じものと解せられているが、初期の仏教においては、精神的主体としての人間そのものを指していたのである。したがって五つの構成要素(五蘊)の中の識別作用(識)とは必ずしも同一ではない。
(183)
「自己を島(よりどころ)として」の有名な言葉について、漢訳の「燈明」でも意味は同じとした上で
『「われに子がある。われに財がある」といって愚者は悩む。自己がすでに自己のものではない。(以下略)』/喪失した自己の回復、自己が自己となること、これがすなわち初期仏教徒の実践の理想であった。
(184)
以上、原始仏教聖典の古層には「アートマンは存在せず」と云ふ文句は存在しないとした上で、唯一例外の
「諸法無我」の原文は「外界に認められるいかなるものもアートマンならざるものである」という意味であり、実践的には「この世のものは、あてにならぬ」という趣旨を含めていると解し得るであろう。
(208)
涅槃に達すれば輪廻が無くなるから、六道の世界から見れば無我となる。こんなことは誰でも判るのに、無我と云ふ言葉に引き摺られて涅槃してゐなくてもアートマンが無いと短絡しがちだ。このことは部派仏教の時代に
散文の部分で強調されている思想を受けて、後世になると遂に「アートマンは存在しない」という意味の無我説が確立するに至った。説一切有部は明らかにこの立場に立っているし、また初期の大乗仏教にも継承されている。
(248)
或いは原始仏教末期に
まだ「アートマンが存在しない」とは説いていない。ただ「アートマン」と「個人存在」(原語略)とをもしも同一視するならば、直ちにそのような結論が得られるのである。/また実際に原始仏教の末期においては、そのような同一視が成立していた。現存パーリ語聖典の中には見当たらないが、サンスクリットで記された『雑阿含経』の中に、そのような趣旨の詩句を引用している。そこでは明らかに「アートマンが存在せず」と主張している。
(251)

四月二十九日(月)第三節Ⅱ以降
第二編第五章は無我説について書かれ、このうちの第一節、第二節、第三節Ⅰまではアートマンが無いとする説の誤りを紹介した。しかしここから話の流れが変はる。
原始仏教においてはこのように個人存在の主宰的原理としてのアートマンを想定しなかったのであるが、(中略)主体を認めないならば、個人の意識および行動における統一はいかにして可能であるか、また個人の行為の責任の帰属はいかに解すべきであるか(以下略)
(254)
それに対して
これらの諸問題に関する反省が経蔵の中にすでに現われている。当時の仏教徒は(中略)返答を拒否した。そうしてそれに代って縁起説をもって答えている。縁起説は、詩句(ガーター)の部分においては、未だ多くの支を立てて論ずるという程度にまでは達していなかった。散文の部分になって漸く詳しく説かれている。
(254)
仏教が広まるにつれて、外部との論争が頻発した。なるほど教義の複雑化はここから始まったのかと気付いた。
尊者モーリヤパッグナが世尊に「誰が識別作用を享受する(括弧内略)のか?」(以下略)という問いを発したのに対して、世尊は(中略)『識別作用の享受があるが故に六つのよりどころがあり、六つのよりどころに縁って接触があり、(中略)執着に縁って生存がある。』と教えている。故に感覚・認識・意欲・行動等の主体は何か、という問題について(中略)提示することに反対しているのである。
(255)
因果応報の説との調和について
五つの構成要素の一々について、無常・苦・変滅の本性があるから「これはわがものである」「これはわれである」「これはわがアートマンである」ということはできない、という古経典の説を繰り返している。恐らく前掲の問題に関する疑問が当時の仏教教団の内部に起こったので、それが経典へのこの新層に反映しているのであろうが、ここでは何ら理論的な回答を与えていない。
(257)
続いて
しかるにその後の反省にもとづくと思われる経典においては、このような疑問に対して縁起説をもって答えている。すなわち釈尊はあるバラモンの質問に対して『行為をなしたその同一人が果報を享受する』というのも一つの偏見(anta)であり、また『ある行為を為した人とは異なる他人がその果報を享受する』というのも、同じく一つの偏見であると決めつける。そうして(中略)『無明に縁って形成作用があり、形成作用に縁って識別作用がある・・・・・』および『無明の、残り無き、貪りを離れた消滅により、形成作用の消滅がある。形成作用の消滅により・・・・・』云々という縁起説を説いている。
(258)
修行者はともかく、在家信者が修行者に布施するのは果報を享受するためでもある。それを否定するためには、当時は在家信者もゴータマの説法を聴くことが修行だったのか、或いは世間の行為と宗教行為は別なのか。その後
原始仏教においては、当時の宗教上の通俗的見解が優勢になるにつれて、善あるいは悪の行為を為した人とその果報を享受する人とは同一人格であると考えるようになった。
(259)
さて輪廻について
すでに初期の仏教において輪廻(原語略)を説いていたし、また輪廻の道(magga)をも考えていたようであるが、経蔵の末期においては、積極的に輪廻の主体を想定する思想が、仏教徒の主張として表明されている。
(264)
その前に
原始仏教においては(中略)アートマンに関しては論究を避けていたにもかかわらず、当時の俗信である因果応報説を採用したため、輪廻転生を説くに至った。
(273)
これはゴータマ在世時の話だと思ふが、因果応報説は俗信ではなく正しいし、輪廻転生も正しいとすべきだ。中村さんと意見が分かれた。(終)

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