千二百六十二(モリカケ疑獄百七十七の三) 安倍の最低外交
平成三十一己亥年
二月五日(火)
先月末に、安倍は鳴り物入りでモスクワに行った。しかし何の成果もなかった。掛かった国費はまったくの無駄になった。
安倍は外国訪問が好きだ。しかし成果はない。そればかりかイギリスでは、質問もされてゐないのに捕鯨について答へて首相随行員とイギリス首相メイさんが慌てて止める場面があった。メイさんのEU離脱案を「非常に歓迎」と述べたものの、離脱案は否決された。

二月六日(水)
産経新聞のインターネット版に
日韓対立に便乗、北朝鮮が狙う「冠のひも」戦術とは

と題する記事が載った。それによると
金日成氏は72年に(中略)「南朝鮮(韓国)政権は米国、日本という2本のひものうち、一本だけでも切れると、冠が飛ばされるように崩れてしまう」と説いたとされる。(中略)3代目の金正恩氏にとって徴用工判決に続く、韓国海軍の駆逐艦による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題をめぐる日韓対立は、棚からぼた餅式のチャンスといえ、黙って見過ごすわけはないだろう。

日韓が対立すると韓国が北朝鮮側に寄ってしまふことを、安倍は考へてゐるのか。城を攻めるときは、織田信長ではあるまいし全滅させるつもりでやってはいけない。交渉で着地点を柔軟に移動させるべきだし、攻めるときも撤退路を用意してあげるべきだ。
あ、1キ1スケ1ゾーの東條英機は、戦陣訓でこちら側に全滅を強いた。

二月七日(木)
全滅策が必要な場合もあらう。織田信長は帰服する大名がすぐ寝返るので、見せしめのため厳しく対処した。現代で云へば細野豪志がその例だ。細野豪志は必ず政界から追放しよう。
公明党に対しても、そろそろ厳しい目を向ける必要がある。かつては美濃部都知事や長洲神奈川県知事など革新系知事の与党だった。社会党右派、民社党とともに政権奪取も目指した。そして後には小沢さんの新進党と組んで、細川政権を誕生させた。
その公明党がなぜ安倍なんかを支へるのか。かつて創価学会第二代会長の戸田城聖は「新社会主義」を唱へた。公明党はそれを「人間性社会主義」と解釈した。今では社会主義が過去のものとなったとしても、その公明党が安倍なんかを支へることは寝返りだ。

二月八日(金)
戸田城聖は、自民党から共産党まですべてに創価学会員が進出することを予想した。だから地方議会に創価学会が進出しても、参議院に創価学会が進出しても、衆議院にだけは進出しなかった。
言論出版妨害事件が起きたとき衆議院から撤退する方法があった。とは云へ、今さら撤退することは非現実的だし、そもそも折伏大行進は昭和四十六(1971)年に中止した。
公明党のすべきは、会員には自民党支持から共産党支持まで存在することを意識し、全党友好路線に転換し、少なくとも安倍とは手を切ることだ。

二月九日(土)
河野太郎がよくない。まづ英語を専門とする人は、学者、通訳などその道に進むべきだ。英語を専門としない人で、しかし英語を使はざるを得ない人は、それ相応に英語を習得すべきだ。
ところが後者の中で、普通の能力が劣るため少し他より英語をやって誤魔化ししかもそれを自慢する人がゐる。「伊達や酔狂」男の河野太郎もその一人だ。今国会でもまた英語に言及した。
まづ外国語の学習には、膨大な時間が掛かる。しかも穴の開いたバケツと同じで、毎日漏水する。それより多くの単語を毎日学習しないと、単語熟語力が落ちる。普通の頭の人なら、時間の有効活用の観点から、どこで平衡させるかを考へる。他に能力のない人は、平衡の観念が無いから英語英語と叫ぶ。英語の専門家は英語英語とは叫ばない。
河野は安倍の下請け、工数請負だから批判される。中曽根が首相になる前までは、反主流派の大物が閣内にゐた。中曽根は他派閥をかき混ぜるため小物を閣内に入れ始め、ここから日本の政治は変になった。河野は安倍の下請け、工数請負ではなく、反主流派の大物を目指すべきだ。

二月十日(日)
安倍が六日夜、首相公邸で石破派を除く六派閥の事務総長と会食した。昨年9月の党総裁選を祝う名目ださうだ。五か月経過してから党総裁選を祝ふのは変だ。石破派を除外するから変な名目になる。産経ニュースによると
約2時間にわたって国会運営や夏の参院選について意見交換し、今後も安倍政権を支えていくことで一致したという。

各派閥は騙されてはいけない。石破派を除外することで仮想敵を作り、それ以外をまとめやうとする。ヒトラーがやりさうな手口だ。

二月十一日(月)
安倍がまた無教養な発言をした。日刊ゲンダイDIGITALによると
“神”のつもりか安倍首相「森羅万象すべて担当」発言の仰天

と題し
ついに全知全能の神にでもなったつもりか。6日の参院予算委での安倍首相の発言が話題になっている。(中略)「総理大臣でございますので、森羅万象すべて担当しておりますので、日々さまざまな報告書がございまして、そのすべてを精読する時間はとてもないわけでございます。世界中で起こっている、電報などもあるわけです」

記事は結論として
2年前に森友問題で追及された時には、「森羅万象、私が説明できるわけではない!」とキレていたが、いつの間にか、森羅万象担当に“昇格”していたようだ。
ネット上でも「安倍ゼウス!」「現人神宣言」などとザワつきが収まらない。
これまで何度も国会で「私は立法府の長」との誤った認識を披露してきた安倍首相だが、三権の長では飽き足らず、神の領域にまで誇大妄想が広がっているのか。だとしたら、もはや職務遂行能力が疑われるレベルだ。


二月十一日(月)
安倍の発言は二つ問題点がある。まづ安倍は行政府の長だ。三権の一つを担ふに過ぎない。ましてや民間には指揮権が及ばない。それなのに森羅万象すべて担当とは無教養もいいところだ。
二番目に、無能な人間は何でも自分でやろうとする。有能な人間は人使ひが旨い。首相の役割は各閣僚を指揮監督するとともに全閣僚の範囲外については割り振るか直轄する。森羅万象すべて担当なんて言ってゐるやうでは駄目だ。(終)

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