千百八十五 青春18切符残りの二回
平成三十戊戌
八月二十一日(火)
ここ二回、実家に行くときに青春18切符を使った。実家は通勤定期券と組み合はせると片道300円で行ける。青春18切符は一回2370円だが、総額で考へるべきだ。往復600円払ひ青春18切符は別に使ふより、実家の往復に使ったほうが安い。
このやうに考へることができるのは、もう行くところが無くなった。これまでに青春18切符は、北は青森から南は熊本まで膨大な枚数を利用した。行くあてがあるなら600円は現金で払ひ、青春18切符は行くあてに使ふべきだ。
とは云へ、600円だけのために2370円の切符を使ふのはもったいないから、別の場所に寄る。一回目は武蔵五日市に行った。途中の拝島で待ち時間があるので、駅を降りると玉川上水が流れる。ここは小平水衛所(現、監視所)より上流だから、今でも東京都水道局が利用してゐる。玉川上水の沿線はよく歩いたから、ここも三十年前に来たことがある。
拝島から電車に乗り武蔵五日市駅を降りて、川沿ひの釣りバーベキュー公園まで往復した。駅のNewdaysで地酒カップの辛口銘柄を買ったが、口に合はなかった。不味いのを我慢して全部飲んだ。私は日本酒、それも辛口が口に合はないことはないから、或ひは好みの違ひではなくNewdaysと云ふ民間と公共交通の中間が原因かも知れない。
私は東京電力が東京電話を始めたり、JRグループが日本テレコムを始めたときは、心から声援した。それは別の事業であり、しかも独占公共事業に対抗する進出だからだ。それに対してNewdaysは、公共交通による利権の拡大だ。

八月二十一日(火)その二
二回目は、実家に行く前に深谷に行った。熊谷の陰に隠れて深谷は一回も行ったことがない。駅を降りてまづ感じたことは、ホテルが多い。熊谷に用事のある人が深谷にも泊まるのかと、最初は思った。一時間ほどして別の理由に気付いた。深谷には高いビルがない。だからホテルだけ八階建てだとかで、あちこちに目立つのだった。
高いビルのない街は落ち着いて雰囲気がよい。このあと駅前通りを暫く歩き、或る程度の大通りに出たあと、別の道で駅に戻った。これは初めての街でよくやる方法だ。
次に南の方向へ500m歩き、小河川に沿って左折し、国道17号と先ほどの或る程度の大通りを北上して駅に戻った。深谷駅は橋上駅なのにレンガ造りだ。一階と二階に公共施設も入り、深谷市の自慢建造物だ。 関東の駅百選にも選ばれた。
後日調べると、或る程度の大通りは旧中山道だった。深谷駅のレンガは、表面に貼ったものだった。表面に貼っても深谷の特産を示す好資料である。
昼食は駅前のファミリーマートで買った。伊那への旅行以来、私はファミリーマートを贔屓にするやうになった。実家には電話工事の立ち合ひで12時に行く。10時50分と早いが、ホームの待合室で昼食を食べた。

八月二十二日(水)
その前日に電話があり、当日大船方面に行く用事ができた。そのため実家の立ち合ひが終った後に直行した。そのあと江ノ島に寄った。横浜から引っ越せば湘南に行くことも無くなる。まづ眼に入ったのが史跡、名勝の石碑。岩本院は廃寺になり岩本楼になった。三つの神社と二つの新たな神社。あとでインターネットを調べると、史跡、名勝は東京オリンピックでヨット会場を建設のため解除とある。惜しいことをした。
日本人観光客に混ざり中国人も多い。これはよいことだ。日本人の目が戦後の長いことアメリカを向いてゐた。輸出とはアメリカに売り込むことだった。中国人が多くなれば中国にも目が向く。例へば「のりかえ」と書いたのでは中国人に判らない。「乗り換え」と書けば、中国人にも判る。
サムエル・コッキング苑の券売機が見えた。初耳なので家に帰りインターネットで調べると、かつての植物園だった。岩屋も入場料を取る。かつては無かったと思ひこれも調べると、昭和46年(1971)落石事故で立ち入り禁止、平成5年(1993) 有料施設として公開とある。私が訪問したのは公開の前だった。
今回は青春18切符を十分に活用できた。深谷は観光地を観た訳ではないが、安い金額で旅行できたので、街中を歩いただけでも満足できる。これが青春18切符の醍醐味だ。(終)

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