千百五十九(その百三十六) 3.自民党側からの公明党批判
平成三十戊戌
七月九日(月)
松本智津夫など七名の死刑が執行された。歴代の法務大臣の中には、死刑執行の書類に署名することを嫌がる人もゐたさうだ。しかしこれは職務放棄だ。裁判で確定した判決を実施しないとなれば、公正な社会は成り立たない。
日経新聞のWebによると
オウム真理教の元幹部ら計7人の死刑執行を受けて、与野党から発言が相次いだ。公明党の井上義久幹事長は6日の記者会見で「法相の判断を尊重したい」と語った。そのうえで「私自身は死刑制度に基本的に反対の立場だ」と述べ(以下略)

犠牲者の遺族のことを考慮すれば、こんなときに「私自身は死刑制度に基本的に反対の立場だ」と発言してはいけない。その点、立憲民主党の発言は適正だった。
立憲民主党の福山哲郎幹事長は参院議員総会で「遺族の悲しみや悔しさは癒えるものではない。遺族の悲しみに引き続き寄り添っていきたい」と強調。同党の蓮舫参院幹事長は「テロを絶対に起こしてはならないという思いを強く心に刻んだ」と話した。

法務大臣はオウム真理教の残党からテロの対象になるかも知れない。さうならないやう、残党への頻繁な立ち入り調査が必要だ。世の中の公正の為に法務大臣が尽力したのに、公明党は与党として責務を果たしてゐない。自民党は、公明党の偽善を批判したほうがよい。

七月十日(火)
戸田城聖は、原爆を使用する者は死刑にすべきだ、と発言した。原爆の悲惨さを思へば当然の発言だ。原爆が主題、死刑は脇役だが、この発言から創価学会が死刑反対論ではないことが判る。
井上さんは、時代が違ふと反論するかも知れない。戸田城聖の時代に死刑を廃止した国は、ほとんどなかった。しかし最初に死刑を廃止した国は少数派だった。国連総会が多数決で決めれば、死刑廃止国は被害者の人権と残された遺族の感情に考慮してゐない、と批判されただらう。政治上の理由で死刑にしてはいけないと、決議文に追加は必要だが。
日本は、日本の歴史の流れで判断すればよい。さう云ふ制度に合った遺伝子が多い社会なのだから。遺伝子を判り易く説明すると、江戸時代には江戸時代に合った遺伝子の人が多くなる。だから戦国時代と江戸時代では遺伝子が異なる。一方で戦国時代と江戸時代で共通の遺伝子もある。
だから外国の猿真似ではなく、日本は日本で決めるべきだ。将来、日本独自の制度として死刑を改良するのであれば、それは歓迎すべきことだ。しかしそれはオウム真理教とは無関係の時期に発言すべきで、今すべきことではない。

七月十一日(水)
当時の社会党と共産党は、社会主義が達成されればすべてが解決すると考へた。創価学会も同じで、広宣流布(すべての国民が大石寺とその末寺の信徒になること)が達成されればすべての問題は解決すると考へた。だから保守と革新があることと、そもそもこの語は社会主義を達成することに対する保守と革新だから、政策とは別に文化にも保守と革新があることを、誰も考へなかった。
戸田城聖は晩年に「新社会主義」を提唱した。しかし内容は語らずに亡くなった。だから公明党はこの語を「人間性社会主義」と云ひ替へて、まづは社会党、共産党の美濃部革新都政の与党になり、後には社会党右派、民社党と共闘をした。
戸田城聖は、政策では革新だったが、文化では保守だった。それは「青年訓」「国士訓」、当時の講演内容を読めばよく判る。ここで保守、革新と云ふ分け方は米ソ冷戦が終結の後は死語となった。だから文化は、アジア主義、西洋指向と分けることにする。
世間で一般に流通する民族主義、国際主義は、後者の優越性を暗示するし、前者は反中反韓に陥るからここでは用ゐない。今から35年くらい前だらうかマスコミ(毎日新聞だったか週刊誌だったか思ひ出せない)に、昭和3年生まれの人は二種類あり池田大作さんは反民族主義だとする記事を見た。
私は民族主義、国際主義に分類しないから、ましてや反民族主義と云ふ語は用ゐない。だから戸田さんがアジア主義、池田さんが西洋指向であることは、年代による差であり、仕方のないことだと思ふ。
戸田さんは政策が革新、文化がアジア主義。池田さんは政策が革新、文化が西洋指向。それに対し安倍は政策が保守、文化はアジア主義を偏狭にした神道政治連盟と、西洋指向を偏狭にしたトランプさんのゴル友(ゴルフ友達)と云ふ拝米指向の混合。安倍と公明党に共通点はまったくない。(終)

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