千百十七 1.Mさんの退職、2.日本で長時間残業が多い理由
平成三十戊戌
四月一日(日)Mさんの退職
一昨日でMさんが退職した。Mさんは私が新人教育を担当し、長年技術者として勤務の後に、課長、副部長、部長と一番の出世頭だった。私はMさんの出世を喜ばしいことだと思ってきた。その理由は、これでわが社も普通の会社になったからだ。
若い生え抜きの社員が出世をする。その姿を見て回りもがんばる。これは会社の業績を上げるとともに社内の雰囲気を良くする。しかしかつてわが社の人事はこれとは大きく異なった。毎年、今まで上だった人が下がり、下だった人が上がる。傍からみると単なるローテーションだ。だからたまたま上になった人も組織内で指示を出すでもなく、上も下もそれぞれが昨年の続きで仕事をする。毎年それの繰り返しだった。
ローテーション方式に一番反撥したのが営業のYさんで「上層部三人を除いて、毎年上がったり下がったりする」と批判した。そしてある年、Yさん自身が営業課長から担当課長に異動したので大いに怒った。その後はYさんの解雇、労働組合に駆け込み、抗議活動の様子がテレビで放送され大阪から「会社がテレビに映った」と電話があって東京でも初めてテレビのことが判るなど大変な騒ぎになった。(このとき私は横浜事業所だったので騒ぎを知らず、数年後に知った)

四月三日(火)日本の多くの企業が行き過ぎる理由
日本の多くの企業はこの生え抜き出世システムを利用することにより、業績を伸ばした。しかし行き過ぎて四十年を経過する。この間に「猛烈サラリーマン」「過労死」「ブラック企業」「パワハラ」「(電通などの過重労働)自殺」と悪い言葉が次々と現れた。
昭和三十七(1962)年辺りからの高度経済成長は、総評社会党ブロックがあったから過労死や過重労働自殺を防げた。しかし昭和五十二(1977)年から世界では米ソの均衡が崩れ、国内もその影響を受けて総評が弱体化した。そして「猛烈サラリーマン」などが続々と現れた。

四月四日(水)累積給料
大手電機の給料は、本給と職能給から構成され、本給は今までの累積、職能給は職能(例へば一般職2級など)により決まる。今は多少変更されても、大きくは変らないはずだ。
このうちまづ問題になるのが本給の累積性だ。今年2000円上がった人と1500円の人がゐると、後者は定年まで500円の差が残る。それは年二回の一時金や退職金にも影響する。
そして本給の累積額がおそらく職能の昇進時期にも影響する。つまり常に上司の顔色を伺ひながら仕事をするしかない。大手電機会社パナソニックの提供番組だった「水戸黄門」の主題歌に「あとから来たのに追ひ越され、泣くのが嫌なら・・・」の一節があるが、あれは大手電機会社の社内事情であった。

四月五日(木)役職インフレ
担当部長など本来の命令系統とは別の役職が誕生したのは、バブル経済のとき、つまりプラザ合意より後だった。富士通を例にとると、それまで富士通に担当部長みたいな役職は全社で一人しかおらず、新たに技師長と云ふ役職が或る事業本部に一つ誕生し、これは赤字だったパーソナル機器事業部の事業部長を救済させるため新設されたもので、これが二人目だった。
それまで営業所の下に出張所があったか名称を一つづつ格上げし、旧出張所にはトールダイヤル(社内電話網)がなかったが、すべての事務所にトールダイヤルを引いた。
多くの大企業が今でもこのときの延長線上にゐる。その理由はこのときプラザ合意でどこの会社も技能職を激減させ、それ以降大きな変化がなかったからだ。だから働き方を改革するとすれば、それはバブル経済の前に戻すべきだ。

四月八日(日)退職理由
退職理由について、私はMさんが若くして部長になったので重責に疲れたのかと心配した。別の人の意見で、もっと給料がよい会社に転職したのではと云ふものもあった。それならよい。転職後はやはりIT会社に勤めるさうだ。だとすれば後者なのだらう。(完)

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