千四十一 西部邁ゼミナール・黒鉄ヒロシさんとの対談
平成二十九丁酉年
十月二十八日(土)
本日の東京MXテレビの西部邁ゼミナールは、黒鉄ヒロシさんが出演し内容が極めて良かった。西部さんと黒鉄さんのどちらの発言かは記録しなかったが、私のメモ書きによると
ヤルタ会談の参加者はみな異常者だった。
ルーズベルトは金持ちの家だったので学校に行かず、家庭教師から教育を受けた。だから協調性が無かった。
チャーチルは保守党と自由党の間を行ったり来たりして上昇し、最初に就任したのは戦争大臣。さう云ふ大臣があった。動乱期なのでノーベル文学賞を受賞したが、読んでもそれほどではない。
スターリンは部屋に鍵を掛けて引きこもった。
ルーズベルトは親がアヘン貿易をしたのでトラウマとなり、中国人が好きだった。日本人は頭蓋骨が厚いとか言って原爆に至った。
議事録に載ってゐるが、ルーズベルトは日本を戦争に巻き込まうと努力した。アメリカは財政難で戦争に反対の人が多かった。太平洋に展開するイギリスの軍艦からの連絡で、日本艦隊が航行してゐることは判ってゐたから知らないふりをして、真珠湾攻撃のニュースを聞き、皆で拍手した。
古代から指導者はパラノイヤの人ばかりだった。
ルーズベルトはニューディール政策に失敗し、戦争をやりたかった。
アメリカは退役軍人に中国人の格好をさせて中国に送った。

以上のお話があった。

十一月四日(土)
本日の黒鉄ヒロシさんとの対談は、次のお話があった。
西郷隆盛は、人格と云ひ非の打ち所がない。指導者なのに狂気が感じられない。
最近は西郷隆盛ではなく、龍馬や新選組を取り上げることが多いが、西郷とは全然違ふ。新選組は面白いかも知れないが。
西郷の一言で庄内藩は穏便な扱ひを受けた。そのため西南の役では多くの庄内藩士が西郷軍に加はった。会津藩には強硬だった。世の中が変はったことを示すために、会津藩は見せしめとして潰した。
東京裁判も見せしめのため。アメリカが日本を戦争に引きずり込んだのに、日本が悪いと思ふやうになってしまった。日本も満州事変だとかやったが、欧米のやり方ははるかに悪い。日本は人種差別しないし、ユダヤ人を助けた。
インドのパール判事は、日本を弁護したのではなく、西洋は大泥棒、日本は小泥棒。大泥棒が小泥棒を裁けるのか。アメリカは殺戮、イギリスは巧妙でコットンを輸出するためインドの職人の手首をたくさん切って行った。
人類は、言語によって残酷になった。マスを大衆と訳すから間違へる。コンビニエンスとは便利なものに人は群がる。しかし少数の人は違ふことを云ふ。
産業革命が悪い。
会津藩は良い藩だが、薩長が進軍するとき農民が道案内をするのを見て、国民皆兵にする必要を感じた。

黒鉄ヒロシさんは控へめに話されるので、とても好感を持つ。しかも話の内容は正しい。(完)

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