壱千六(その二) 蟹瀬誠一さんの講演
平成二十九丁酉年
七月十二日(水)
蟹瀬さんは、TBS、テレビ朝日などのキャスターをされる一方で、明治大学国際日本学部教授、初代学部長を務められる。日本を代表する言論人として活躍して来られた。
会場は係員の誘導で自動的に一番前の列の右端だった。時間があったので三井ビルの中を見て回った。席に戻って暫くすると蟹瀬さんが私のすぐ前の席に座り、私の隣の人に向かひ会釈した。隣の人が会釈するのに合はせて私も会釈した。これは蟹瀬さんが私の隣の人と顔見知りと云ふ訳ではないと思ふ。会場全体に挨拶された。だから私も会釈した。
この僅かな時間で、本日の講演は有意義になると確信した。蟹瀬さんのその腰の低さと誠実さを以ってすれば、有意義になることは確実だ。
事実、講演を終了して、今回ほど退屈せず、有意義で、講演者と聴者が共感を持てた婚宴は初めてだと感じた。つまり私が今までに聴いた講演の中で最高だった。
再興だった理由は、自然体で話された。とかく最近はプレゼンの技術だとかを優先した話し方をする。しかし蟹瀬さんの話し方は自然体だった。
次に、最近の講演はほとんどが話の内容を階層構造にする。しかし蟹瀬さんは普通に話され、従って脱線もしょっちゅうするものの、聴者はまったく退屈しない。かへって脱線した話を興味深く聴いた。これは蟹瀬さんの莫大な知識量によるものだ。

七月十五日(土)
蟹瀬さんは最初、アメリカのトランプ大統領を連続して批判した。私は、猪瀬さんとそれほど主張に差はないと思ふ。唯一の相違点はトランプさんの評価だ。私がトランプさんに唯一賛成できないのが、パリ協定離脱だ。それ以外は今後の推移を見守る必要がある。トランプさんが人種差別や出身国差別をするとは思へない。国内産業の保護は良いことだ。
私はパリ協定も、トランプさんは離脱しないのではないかと思ふ。地球を保護することこそ、保守派のすべきことだ。

猪瀬さんの発言で、トランプ大統領に関係すること以外は、私もほとんど同意見だ。

七月十六日(日)
猪瀬さんの講演で一番良かったのは、最後に話された次の部分だ。私のメモ書きによると
デンマークでは国会議員の給料が750万円でこれは国民の平均所得(日本は450万円。地方議員は0で経費のみのボランティア。共生の精神(消費税率25%、全部含めると75%)。バックキャスティング(政権が変わっても政策は変はらない)。日本はフォアキャスティング。
日本もかつてかう云ふ国だった。戦後のアメリカの価値観で変った。
デンマークの高福祉高負担に対して、日本は高福祉低負担を求めると云ふ説明もあってこれは同感だ。私も高福祉高負担でなければならないと思ふ。ところが日本では社会党総評ブロックが解体されてから、これができなくなった。

七月十七日(月)
以上のほかに次のお話があった。
蓮舫さんは頭はいいが、追い詰める。友人がいない。野田さんだけ。
真珠湾攻撃は日本にやらせた。先に相手に攻撃させ正当性。
ルーズベルトは日本に原爆を落としたかった。
竹中平蔵さんの3つの予想は外れた。経済は経済学者が考へるよりもっと複雑。
アダム・スミス曰く、定常状態になると(1)多くの人が低賃金、(2)エリートたちが自分たちに都合のいいようにする。
日本の個人投資家は、元金保証で2~3倍儲けたいが、これはリスク管理ができていない。性格に合ったものを選ぶこと。半分損しても残りの半分で大儲けすると考へられるか。香港はハイリスクの人が多い。
レスター・サロンさん、資本主義の原動力は(1)欲、(2)群衆心理(<--ヒット商品はこれから生まれる)、3つ目は忘れた。
日本は(世界も同じだが)、不安が蔓延。若い人に希望が無くなった。産業革命の1次と2次は物理と化学、雇用が増大。今(3次または4次)はAIで雇用が減る。
以上のお話があった。レスター・サロンの3つの原動力のうち3つ目は忘れた(今インターネットで調べたら、楽観主義)と云ひながら、話が途切れることも、聴衆が不満を持つこともなく話が先へ進むのは、蟹瀬さんの講演は内容が一杯だったからだ。最近はとかくプレゼンの技術を重視する人が多いが、講演はその場の雰囲気で作られると云ふ昔からの大原則に基づく充実したご講演であった。

七月二十二日(土)
質問の時間になり、私は最初に手を挙げた。私は今までに手を挙げて批判したことはない。必ず場を盛り上げる側に回る。例外は質問の時間が無い場合で、かういふ講演には内容にごり押しがある。私は次の質問をした。
デンマークは植民地を持たなかったし、二つの世界大戦でも参戦しなかったし、かつてイギリスを占領したときも住民の習慣を尊重した。その長い伝統が戦後の高福祉国家になったのでは。
これに対して、猪瀬さんは
キリスト教精神もあるが、第二次世界大戦でナチスに白旗を挙げたことの反省から、国民全体で守る、共生の精神が生まれた。老後に余裕のある人は年金を受け取らない。以上のお話があった。
ちなみに私の質問には間違った部分があり、二つの世界大戦に留めればよかったのにデーン人のイギリス占領まで言及してしまった。これはデーン人のイギリス占領はイギリスの習慣を尊重したため古代英語がそのまま続いたが、ノルマン人はフランスに定住しフランス語化した後にイギリスを占領したために、文法が崩れて中世英語が誕生したことを指すつもりだった。しかしそんな昔のことまで言及するなら、シュレスヴィッヒホルシュタイン戦争やニーダーザクセン戦争も云はなくてはならず、デーマークは平和国家とは云へなくなってしまふ。
公演が終ったあと、猪瀬さんは「質問をしてくれてありがとう」と私に話されて会場を後にされた。私も深々と頭を下げた。とかくテレビに出演して有名になると、私はあなた方とは違ふと云ふ意識が態度に出がちだ。
しかし猪瀬さんにはそのやうなところが全然なく、その誠実な態度に感銘を受けた。(完)

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