三千三百四十七 物語(夜郎自大)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
十一月四日(水)
はじめに ミャンマー僧の指導会を妨害
ミャンマーから短期間来日して頂いた、瞑想専門僧の指導会に、信者のふりをして入場し、妨害の質問を繰り返した。あのときは無事に済んだが、一歩間違へると、ミャンマーからわざわざ来日された比丘の指導会が、大変なことになってゐた。
三人のAIが検討し、あの宗派の性格が悪い理由を、三つ挙げた。
一、組織から云はれた事に、無批判で従ふ。
二、非常時用の教義を信じる為、平時は貪瞋痴の三毒に陥る。
三、夜郎自大
これらのうち、一と二は、今までに何回も出て来た。今回は、三を議論した。ここで、夜郎自大とは、漢の時代、中国南西部に夜郎国という小国があった。漢の使者が訪れた際、夜郎王が「漢と夜郎では、どちらが大きい国なのか」と質問した古事に因む。井の中の蛙、も同じ意味だ。
第一章 兄弟寺の内紛に仲裁できず
あの寺は、貫首の云ふことは絶対だとする。人間の云ふことだから、間違ひがある筈だが、それを認めない。あの寺だけなら、さう云ふ議論も出て来るだらう。しかし兄弟寺で、内紛が起きた。もし貫首の云ふことが絶対なら、貫首が裁定すればよい。それが出来ないのは、貫首の云ふことが絶対では無いからだ。
兄弟寺と云ふのは北山本門寺で、石原が生前に所属した国柱会と提携した。北山本門寺で、国柱会の講習会が開かれたので、石原が参加したかも知れない。資料が無いので、AIで復元できなかった。
第二章 あの寺自体も内紛が起きる
そればかりか、あの寺自体も、後継を巡り内紛が起きた。それは七十年も続き、あの寺は疲弊した。もし貫首の云ふことが絶対なら、内紛が起きる筈がない。
これは、江戸時代中期の寺史観にゐるから、気付かない。夜郎自大であり、井の中だ。同じやうに、安土桃山時代の後期に要法寺出身の貫首が現れてから、江戸時代の中期に要法寺出身の貫首が終了した史実にも、気が付かない。
第三章 仏法西還は無理
あの鎌倉教祖は諫暁八幡抄で「月は西より東に向へり、月氏の仏法の東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」と述べた。しかし日本の仏法は、具足戒を有しない。
鎌倉教祖の事なので、生前信仰した石原は、一瞬心臓が止まる心持ちだった。しかし、と気持ちを切り替へて、平時になった今では、あの教義は過去のものとなった、あの教義がまた役立つ時は来ないほうがよい、と思ひ直した。
終戦後五十年経て敗戦に 功績多し社会党 国賊として岸野田安倍か
反歌
中曽根や葛西村山野田安倍と不道徳こそ国を滅ぼす(終)
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