三千三百四十三 飯田利行「定本良寛詩集譯」から法華讃を読む、続編その二
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
十月三十日(金)
化城喩品へ入り、最初の詩の前書きで
画にかいた竜を愛(め)づるより、真竜を愛でよ。上部(べ)だけの文字言語を学ぶより、そのものずばりの坐禅に親しまれよ。

緑の部分は、良寛和尚の原文には無い。飯田さんの追加だが、大賛成だ。尤も此れ迄の飯田さんだと「坐禅」を「法華経」と書き、それだと反対せざるを得なくなったが。
この詩を含めた四つの詩は、大通智勝仏や毘婆尸仏が悟ったか悟らなかったか、仏になったかならなかったか、の話になる。仏なのだから、悟らないことはないし、成仏しないこともない。つまり、現状が既に仏であり、しかし修行を怠ると仏ではない、と小生は解釈した。つまり 化城喩品の内容そのものだ。
五つ目の詩の後書き「某甲を放過せよ」について、普通に解釈すれば良寛和尚のことだ。それを飯田さんが、文殊菩薩としたのは、化城を方便と見抜くであらう文殊菩薩に対してだった。
因みに小生は、釈尊は出家し幾つも試したあと、最後に成仏した、との立場だ。それは南伝仏法の立場でしょ、と云はれさうだが、大乗仏法や南伝仏法では、釈尊が前世でも修行したとの立場だ。しかし教義の複雑化から考へると、初期仏法は現世で修行し現世で悟った。良寛和尚も、この立場だ。

十月三十一日(土)
五百弟子授記品に入り
五百人の弟子は、鼻の孔に索(つな)を通され、釈尊のおもいのままにその手中におさめられている。

授記を批判する内容。そもそも経典は、方便で、雪の上の霜だ。このあと飯田さんは差別用語を使ふ。良寛和尚の原文には無いので、通常であれば飯田さんの勝手な加筆、と非難するところだが、
一、飯田さんは差別用語を、三乗の意味で使ふ
二、世界で蔑称を使はない採決をしたのは1950年で、全会一致だった。しかし日本では1990年代の文部省(当時)教科書検定ガイドライン変更で、使用されなくなった。飯田さんの「定本良寛詩集譯」は1989年出版なので、まだ許容範囲だ。
このあと、すべての人が宝珠を持つ話の詩が三つ続く。この話と、南伝仏法や坐禅宗は、矛盾しない。戒定慧無しには、宝珠が見えない。
学無学人記品は飛ばし、法師品に入り三番目の詩で後書きは
さらに法華経を述べた仏がいらっしゃるのだが、なぜ顔を出さないのか。言詮不及、不立文字が禅の師でござるぞ。

書き下し文が「さらに一人あり、なんすれぞ顔をあらはさざる。」なので、相当意訳だが、坐禅に片寄った意訳なら、大歓迎だ。
見宝塔品に入り、法華経では人間と天上界の神々は虚空会に引き上げられるが、良寛和尚は
しばらく他の世界に移された。その移された人たちは、今に至るまでしまったと気づいて(中略)後の祭である。

別の解釈として、空中へ行くと、地上に清む奥の人たちを忘れてしまふ。小生はこの解釈だが、どちらにせよ、塔が現れて空中と云ふ、非科学的な現象は、距離を置くのがよい、とする良寛和尚の良識だらう。それは、この次の詩でも後文に
釣竿の先きの糸は、どのように操作してもよろしい。清波さえ波だたせないならば、自分のおもいのままでよい。

にも現れる。
大地の底から塔が現れ
多宝如来が云ふ
法華経は真実だ
実は方便作り話

反歌  地面から塔が現れ釈尊の眼から光は科学に非ず

十一月一日(日)
提婆達多品に入り、四つ目の詩について
釈尊は、方便をもって仏法をいろいろに説かれたが、その方便だけに気をとられてはいけない。

これは、大賛成。昨日「坐禅に片寄った意訳なら、大歓迎だ」と書いたが、正確には、不立文字に大賛成なので、それを掲げる坐禅宗にも賛成、だった。
このあと「妙法華」の語が一首に登場するのみで、残りの五首には出て来ない。それなのに飯田さんは、二首に法華の文字を追加する。例へば原文が「牟尼遺身」なのに「釈尊の遺身(法華一乗の法)」と解説する。しかし先程の「方便」が効き、気にしなくなった。
一つの詩に「男女をもつて軽々しく商量することをやめよ」。飯田さんの解説も、これと変はらない。どちらも大賛成で、提婆達多品にも女人成仏を説く。一方で、そもそも仏法は男女を差別しない。比丘尼が消滅したのは、仏法弾圧時期など理由がある。或いは、初期の仏法は山林に居住したから、女性の修行は不向きだった。男女差別は、後世に経典複雑化で生じた。
最後の詩に
他に向って法を求めることをやめ、自家の宝蔵(仏性)の尊さを謳歌しようではないか。

不立文字の面目躍如とともに、良寛和尚の生き方そのものでもあった。
勧持品に入り、二首目の後書きに
如来の記別は、たとえ局外者であっても仏性があるゆえ授けられるものである。

書き下し文は「傍人、眼あり」なので、この解説は飯田さんの本領発揮である。安楽行品に入り
草のしとねを坐蒲として坐禅し、ただ諸仏を敬慕せねばならない

書き下し文は「草座に、諸聖を慕ふ」。
片ときも四法の誓願と安楽行とを忘れることなく

四法の誓願とは、下記④が一般だが、坐禅宗では四弘誓願(衆生無辺誓願度、煩悩無数誓願断、法門無尽誓願学、仏道無上誓願成)も指す。次に、安楽行は次の四つに細分される。 ①身安楽行
粗暴な行為をしない
争いを好まない
驕り高ぶらない
落ち着いた態度を保つ
② 口安楽行
他人を悪く言わない
他宗や他人をいたずらに非難しない
悪口や中傷を避ける
③ 意安楽行
嫉妬しない
怒りに支配されない
人を見下さない
慈悲の心をもつ
④ 誓願安楽行
未だ救われていない人々を救う
未だ悟っていない人々を悟らせる
仏道を知らない人々を導く
すべての人を成仏へ至らせる
法華経を信仰すると称するも後の人たちすべてに違背

次の詩では
もし人あって、この正法のそのものずばりの精神を知りたいとならば、いつもいつも恭しく頭をなでて、日常生活が仏のみことのりに契(かな)っているか否かを反省してみれば分ることであろう。

良寛和尚は、最後まで仏法精神に溢れてゐた。其のことを示す。(終)

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