三千二百三十四(朗詠のうた)中国富裕層が語る「あまり満足できなかった日本観光」
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
六月十五日(月)
東洋経済のホームページに
中国富裕層が語る「あまり満足できなかった日本観光」の内容 訪日客が激減している“日中関係の緊張”以外の要因

が載った。
訪日中国人客数が昨年と比べて半減している。(中略)その一番の理由は日中関係の緊張だと思われるが、もう一つ懸念されるのは、日本に行きたいところがなくなりつつあるのではないかという点である。今回は、中国人が「行きたいところ」の事例と背景を紹介した上で、今後の日本観光のヒントを提示したい。

その前に、此の中にもヒントがある。中国人は、半減しただけだ。その中には、日本へ来たい人も多いことだらう。
23年以降のコロナ後、団体旅行者が消え、日本に来るのはほとんど個人客になった。その中には、
①依然として日本の大ファンで年5〜6回遊びに来ている人たち
②円安に魅力的に感じ、ブランド品から日用品の爆買いに来ている人たち
③20代前半で海外旅行の経験は少ないが、映えのよい日本に酔心し、話題性があり、ネットでシェアしやすいところばかりに行っている人たち
がいる。
今の中国人観光客減少は、政府間の緊張だけではなく、上記でいう①の「ファンだった観光客」が来なくなったのも一因だといえる。経済力が高く、円安も嬉しく受け止めるはずの彼らが、コロナ後、なかなか日本に戻っていないのだ。

これは、貴重な情報だ。それは
「中国国内観光のほうがもっと楽しいから」である。というのも、中国国内の観光、特に「文旅(ウェンリユ)」と呼ばれる旅行の質が圧倒的に上がった影響が大きい。
「文旅」とは、「文化旅行」の略語で、(中略)地域文化・歴史・芸術・コンサート・IPなど、物語性や没入型体験などを組み合わせ、体験価値と精神的な豊かさを重視する新しい観光・消費形態を指す概念と言われる。
特に若者にとって、(中略)「癒やし」「物語性」「(SNSでの)映え」「推し活」「自己成長」などにつながる観光消費となっている。この文旅、実はその成長が日本旅行にも関わっている観光文化だ。
■日本のような“上質な旅行”を国内でもできるように
コロナ時期、海外には行けなかったが国内の移動や出勤は可能だった。それまで日本で満喫してきた上質な旅行ニーズを、なんとかして中国国内で満たそう……その結果、日本のわび・さびや自然親和性を取り入れたり、ものが少ないスタイルを取り入れたりしたホテル、リゾートホテルが中国国内のあちこちに出現するようになった。
そして、各地方政府もこの空前の機会を逃さぬよう、自分の地域の歴史・文化資産を掘り出し、物語化と差別化したコンテンツを続々と作り出した。
(中略)今まで日本でしかできなかった体験、あるいはそれ以上の体験が中国国内でできるようになり、わざわざ日本に来なくてよい状況になってきたともいえる。

更に簡単な理由として
もっと日本の文化を体験したかったが、その場合はただの着物体験か、すごく難しい話の見学ばかりであまり満足でできなかった。

これはあり得る。中間が無い。そして、もう一つの理由として
発展する中国の文旅だが、その背景には日本の影も見える。
例えば、最近中国の都市部に行くと、昔の中国の服を着る中国若者がどんどん増えている。コロナまでそういう風潮は一切なかったのに、いつの間にか、紫禁城に行っても、西湖に行っても、カメラマンを連れ、唐や明の時代、あるいは漢民族の漢服など様々な伝統服を着た若者がいる。
北京にある伝統服のレンタル屋さんに聞くと、30代前半のオーナー2人は元々日本旅行が好きで、来る度に着物をレンタルして街歩きを楽しんでいた。コロナに入って失業したとき、日本での体験を思い出し起業したのだという。
(中略)ちょうど、中国国内の「中華文化への誇り」が高まっている時期と重なり、若者の伝統文化への関心につながった。日本ほど「本格的」ではなく、もっとコスプレの感覚だが、そこから湧いてくる文化への誇り、文化とのつながり感は、実際の古跡に行くと感じるものも増すであろう。

もう一つ
中国の文旅の進化は伝統服装を着るだけではない。例えば、現在北京や上海などの大都市で流行っているパフォーマンス・レストラン「宮宴」がある。没入型の空間で、料理だけではなく、伝統文化に関するパフォーマンスを堪能することができる。
お店に入ったら、竹林や庭石などで飾った庭が広がり、いかにも昔の中国の風景。中に進むと、約2000円で伝統服装とヘアセットができ、撮影用の屛風も用意されている。長い部屋の真ん中にはパフォーマンス用の舞台。両側には客席が設置されていて身近でパフォーマンスが観られる。
食事は高級食材のフルコースだが、料理と料理の間に、プロのダンサーの古代舞踊、名劇のショートバージョン、観客とのコミュニケーション、中国茶道など、飽きないようプログラムが組まれている。
 また、提供される料理の出典、物語もプロジェクターで各自のお皿に投影され、食事と同時に文化を楽しむ感覚に没入させられる。中国人から見ると、昔の中国のことを現代風に表現されて理解も深まる。
外国人観光客向けに英語字幕もついているが、行ったことのある日本人は「(メニューが事前に入手できるので、その中に書いてある)中国の古典を少し予習すれば言語がわからなくても充分楽しめる。10時に着いて着替えて撮影を楽しみ、ご飯が終わったのは14時過ぎ。あっという間ですごく楽しかった。圧倒された」と教えてくれた。

これに対し
最近の日本も、没入型のアトラクションや、伝統文化のパフォーマンスが入っている(中略)レストランが少しずつ増えているが、規模は小さく、観光客は観るだけのケースがほとんどである。
中国人に限らず、全世界の観光客が日本に求めているのは、(中略)心を動かし、精神的な満足を得られる文化体験ではないだろうか。

同感である。この記事は中国若者富裕層ビジネスコンサルティング代表の中国人が書いたが、日本人も同意する内容だった。
くさまくらそらみつ大和いさなとり海の外自り朋来たる有り
(終)

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