三千二百二(うた)鴎外荘訪問記
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月六日(水)
連休最終日の今日は、根津権現境内へ移築した鴎外荘を、結果として訪問した。その変な表現は何かと云ふと、どこに行かうとも思はず電車に乗った。乗る間に考へ着くだらうと思ったら、着かなかった。西日暮里駅を出た街路図を見ると、山手線京浜東北線の西側を並行する高台の通りと、よみせ通りとの間に、もう一本路地がある。今まで、この路地は歩いたことがなかった。それほど、高台の通りと、よみせ通りの存在は大きかった。
この路地を歩くと、新たな発見が二つあった。一つは荒川区内の谷中七福、もう一つは大愚。

谷中は台東区だが、荒川区内にも谷中七福神が 次の寺、大愚の法名がここにも
大愚は、良寛和尚の法名だ。これに引き摺られて、良寛和尚は出家者失格だったと勘違ひする人が多い。愚かな人に、大愚と名付ける訳がない。同じ例を、ここにも見つけた。
根津権現は裏門から入り、台地側の駒込稲荷への階段で、和服姿の男女とそれを撮影する男一人がゐた。中国語で男女に話すので、なるほど観光客向けの商売かと、分かった。
鴎外荘を移したものは、前面が綺麗過ぎるので、そのまま退出しようと思った。前側は新築、後ろ側は移築と、知ってはゐたが。
入口でパンフレットを頂いたので、熱意に負けて入館した。300円なので安い。驚いたのは、後ろ側も新築そっくりだ。説明で、古い部材に洗ひを掛けた、とあった。天井と欄間のみ、古いことが分かった。廊下の床も古い木材だが、洗ひで新品同様だった。
鴎外が住んだときは一軒家だったが、その後改築され、広間三部屋と廊下のみ残ったと、パンフレットにある。インターネットで調べると、水月ホテル鴎外荘時代は、それほど朽ちてはゐないので、そのまま使へさうに見えるが。
インターネットには、源泉名「鴎外温泉」の「温泉分析書/(鉱泉分析試験法による分析)」の写真が載る。平成31年2月5日に「19.1℃(気温)11℃」「30L/分(動力揚水)」「PH値 8.4」「蒸発残留物 380mg/kg(110℃)「温泉法第二条の別表に規定するメタケイ酸、重炭酸そうだによる温泉に適合する。ただし療養泉には該当しないので泉質名はない」。泉質名はない温泉は初見だった。
下町は浅草上野谷中根津スカイツリーと両国に 山の手は皇居赤坂と東京タワー新宿に 京都と並び見る物多し
反歌
国内と海外からの下町と山の手へ散りまた入れ替はる
赤札堂で弁当を買ひ、八重垣第二児童遊園(だと思ふ。第一と対なので)で食べようとしたら、ベンチが満席だ。一つは荷物があるだけ、もう二つは二人乃至三人掛けに一人座るだけだが、割り込んではいけない。児童遊園は子供たちが遊び、その関係者たちだ。少し歩いて、八重垣第一児童遊園で食べた。
二つの児童遊園は、小学生にとり一体だ。かくれんぼや鬼ごっこでは、二つにまたがって遊んだものだった。そして、第二の横にせんべい製造業があり、小売りもしてゐた。帰宅後に調べると、第二児童遊園は根津一丁目児童遊園と名称を変へた。将来は、第一を廃止する計画があるのだらう。
思ひ起こせば四十年ほど前に、地域雑誌「谷根千」に、児童遊園廃止の計画があると読んだことがあった。
連休の最終日にはふるさとへ鴎外荘に 弁当は赤札堂へ八重垣の児童遊園またなつかしや
反歌
連休は二日空けてのまた土日来週からの助走の期間(終)
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