二千九百八十三(朗詠のうた)短編物語「義仲と義経」
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十一月四日(火)
第一章 義仲
義仲は、とんでもない世間知らずだった。だから戦のやり方を知らない。あの当時は、双方が名乗ってから戦を始める。義仲は勝てばよいとばかり、相手が名乗るときに射掛けたこともあった。あのやり方では、戦に勝っても皆が付いて来ない。
頼朝は、平家に負けない為には、義仲といっしょにやらなければ無理だと考えた。平家には安徳天皇がゐる。そして多くの貴族と人脈がある。更に清盛には弟が多い。これだけ揃へば、平家に勝てるはずがない。
そのため、義仲のところに教育係を派遣した。京へ上り、帝や院や関白、大臣、大納言に会ふときのためです、と云はれれば、義仲も悪い気はしなかった。
第二章 義経
義仲への教育が一段落した頃に、義経が現れた。この男は、義仲以上に世間知らずだった。戦に勝っても、皆が離反するだらう。そこで、戻ってきた教育係に、再度務めてもらふことにした。そして義経も、盗賊、人殺しのやり方から、武士のやり方へと進化した。
もし義仲をあのまま戦場に出せば、或いは単独で平家を破るかも知れなかった。義経もあのまま戦場に出せば、単独で平家に勝てたかも知れない。しかしそれでは、評判が悪くなってしまふ。もろくなってしまふ。
教育した義仲と義経が平家を攻めたが、一進一退を繰り返した。頼朝は、自身の実力を分かってゐた。頼朝は戦には向かない。ここは義仲と義経に任せるしかなかった。
頼朝が見ると義仲義経は 盗人並みの人殺しこれをまともに育てるが 戦無き世へ務めと定む
反歌
頼朝は前には出ずもいいくにを築く為への扇の要
いいくには、一一九二の本年取り。
第三章 鼎立の完成
平家と義仲と頼朝は、停戦に応じた。頼朝と義仲は、源氏だから平家に敵対したのではない。過去には藤原一族や源平一族に争ひがあったやうに、氏が同じでもまったく意味を持たない。三者は鼎立の関係になった。
しかしこのままでは、後白河院に漁夫の利をさらはれてしまふ。三者は、高官を分け合ひ、院の荘園を没収した。藤原の荘園も没収した。大寺院の荘園も没収した。
後白河院は対抗策として、義経をそそのかした。しかし三者が協力し、義経は平泉まで逃げ回ったが、遂に滅んだ。三者は、それぞれ幕府を作った。平家は屋島、義仲は俱利伽羅峠、頼朝は鎌倉。幕府は軍事力の管理のみを行ひ、政治は京都の朝廷が行なった。とは云へ、軍事力は三つの幕府が持つので、三者の言ひなりではあったが、互いにけん制し合ふので、大臣や大納言などの役職は効果的に機能した。
鼎にて立つは倒れず世の為に戦無き世へ務めは絶えず(終)
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