二千七百三十九(うた)横浜周遊記(その二)次の旅行計画
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
四月三十日(水)
今回は、桜木町駅西北の県立図書館と、同駅西南の野毛通りと野毛山動物園へ行くことを、まづ計画した。月曜だが、県立図書館は、県立川崎図書館と同じで既に無いと思った。野毛山動物園は入場無料だから、月曜も開園するだらうと思った。
ところが、県立図書館は現存し、野毛山動物園は月曜休園だ。そこで、赤レンガから港の見える岡公園までに変更した。本当は元町までだが、あそこは見なかったことにした。事実、行ったが見なかった。
県立図書館は、よく通った。今は縮小されて視聴覚のみみたいだ。インターネットで調べたら、図書もある。古い建物が好きだったが、建て替へたらしい。行かなくても貸し出し手続きなどできるみたいだ。小生はまだカードがあるかも知れない。そのあと、既に神奈川県民ではないことに気付いた。
横浜を離れて既に六年が しかし意識がときどきに戻るは第二の故郷にして

反歌  横浜は港の見える丘がありさいたま民家見える丘のみ
さいたま市内に何か観光地があるか。さくら草、盆栽公園、鉄道博物館、どれも小さい。鉄道博物館は行ったことが無いが。ここは港の見える丘公園に対抗して、民家の見える丘公園を作るしかない、は冗談である。西川口駅前に中華街の門を作る方法もある。あ、西川口はさいたま市ではなかった。
野毛山動物園は、上の子を連れてよく行った。下の子が生まれたあと、幼稚園が休みの日は妻が下の子を見て、小生が上の子をあちこち連れて行った。ズーラシアや金沢動物園にも連れて行った。
上の子が獣医師になった直接の原因は、高校のときに進路を決める説明会に、卒業生で獣医師になった方が来られてからだった。しかし遠因は、この辺りにあるかも知れない。
桜木町駅西側の地図を見るうちに、市立中央図書館が目に入った。完全に忘れてゐたが、中央図書館も何回か行った。ここを覚えてゐないのは、建物が新しい。どうも新しい建物は好きではない。と同時に、新しい建物は、蔵書も新しいものが多い。
明日は、妻が母の送り出し、迎へ入れをしてくれることになった。午前中は仕事なので、午後からだ。県立図書館と野毛山へ行くことは可能だ。しかしせっかく行くのだから、あちこち回りたい。横浜まで往復すると、千円以上掛かる。東横線の横浜桜木町間廃止は痛かった。
横浜から桜木町へ向かふと、車内からグリフィンと書かれたビルが幾つもある。アメリカに八ヶ月出張の時は、取引先でグリフィンと云ふUNIXサーバーへログインした。ほとんどの作業はUNIXで、メールの送受信さへUNIXで行った。あるとき日本から送られたメールにファイルが添付してある。こんなファイルのダウンロードはUNIXのコマンドを知ってゐれば簡単だ。ところがファイルを開かうとするとエラーになった。日本に問ひ合はせると、パソコンのメールソフトで送ったと云ふ。そんなものがあることを初めて知り、小生がパソコンのメールソフトを使ひ始めたのは、アメリカだった。
だから小生はグフィンと(高音が赤色)今でも二文字目を高くする。普通の日本人はリフィンだらう。VMSのサーバ名はギリシャ神話から採ることが多かった。これは小生が勤務した横浜事業所も同じで、アトム、ゼウスなどを用ゐた。
サーバー名アトムゼウスを用ゐるは教養あると驚くが ギリシャ神話の名前にて 単にアメリカ猿真似と為す

反歌  我が会社日本DECと取り引きが多くアメリカ猿真似となる
JRなら川崎、東横線なら綱島から、横浜市営バス一日乗車券を使ふ方法もある。安いだけではなく、東寺尾陸橋下から東寺尾五丁目までの7番または29番と、内路から片倉町駅前を経由して横浜駅西口までの旧38番だ。前者は、鶴見まで歩く時に毎回経路を変へた国道一号との交差地点である。後者は、かつて横浜へ行くのによく利用した。鶴見から横浜まで大回りだが、小生は西寺尾近くに住むので、遠回りとは感じなかった。
38番は、荒立循環と、港北小学校行き(これも循環だが)が多く、横浜行きは一時間に一本だった。その後、24番を発見した。一時間に三本くらいあって、内路から東神奈川を経由して横浜まで行く。これを二回ほど利用した時に、38番へ統合されてしまった。前半は東高校経由で38番、後半は東神奈川経由で24番。それで一時間に一本だったと思ふ。前半が24番のものも僅かに残存し、これも38番新子安経由を名乗ったが、今は番号が変はった。
横浜は観光のみに留まらず バスに図書館動物園 思ひ出詰まる港と丘に

反歌  横浜は坂多き街鶴見区と港の見える丘と野毛山(終)

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