九月三十日(水)及び、その後回答日
京成佐倉行きの電車は、本線下りを使って折り返すことを発見した。昭和四十年台都電愛好仲間より、次の追加情報があった。
京成成田も、昨年(2025.12.13)のダイヤ改定から本線上返しが始まりました。 (それまでは、京成成田駅2番線入線での折返しでした)
京成佐倉の本線上返しは以前から行われており、(私が目視確認のは50年ほど前ですが)軌道出身の京成電鉄らしい方法です。

小生も反応し
云われて、軌道方式だと気付きました。今まで気付かなかったのは、国鉄の運転規則に、駅構内から外へ一時出て入れ換えをする項目があり、おそらくダイヤ乱れの臨時だと思いますが、それが頭にありました。

他の駅に無いかAIに訊くと
京成高砂で高架化する前と、今でも高砂検車区と金町線の出入庫で、行う。東中山で臨時列車(中山競馬場関係)やダイヤ乱れである。
京急川崎駅で、大師線と本線の出入庫である。ほかに東武の館林駅。

京成成田は最新情報なので、出てこない。試しにAIに訊いたら
京成成田駅での折り返しは、「ホーム(到着番線)でそのまま直接折り返す」方式です

と冷たい返事だった。

十月七日(水)
AIの間違ひ(以下、赤色)と云へば、折り返し位置は駅構内か訊くと、駅構内と回答があった。そこで、下りの出発信号機より先だ、と訊くと、駅間(駅外・本線)だと云ふ。しかも下り本線への一区間運転(回送)+折り返しと変なことを云ふ。そこで
上りホーム(2番線)へ戻る際の信号の仕組み
と訊くと
出発信号機を越えて駅間(本線)に出てしまった列車は、書類上「大佐倉側から京成佐倉駅に進入してくる上り列車」と同じ扱いになります。
そのため、2番線へ戻る際は、上り方向の「場内信号機」の指示に従います。

折り返し列車が下りホームを発車する時は、出発信号機か、それとも入替信号機か

入換信号機ではなく「出発信号機」です。構内の入れ換え車両ではなく、一時的に「大佐倉行きの回送列車」(本線を走る通常の列車)として扱われます。


十月十二日(月)及び、その後質問日
本日は、佐倉へ行く用事の三回目なので
実際を見たら、入替信号機で大佐倉側へ移動し、入替信号機で上り本線へ移動した。出発信号機からは先なので、構内から外だが入替信号機を見るのでは

引き上げ線がない駅では、「駅構内の入れ換えエリアを、一時的に踏切の先の『駅間(本線)』まで特例として拡張する」という信号システムが組まれています。
専門用語では、これを「本線入換」や「構外入換」と呼びます。

やっと、正しい回答にたどり着いた。帰りは、大佐倉から乗った。この駅は、駅周辺の雰囲気が、首都圏とは思へない。一度は訪問する価値がある。下りホームから上りホームへは、踏切で渡る。今は、かう云ふ駅がほとんどなくなった。貴重である。

京成電鉄の乗降客数少ない順

•第1位:大佐倉駅(約370人/日)
• 千葉県佐倉市にある京成本線の駅。本佐倉城跡の近くですが、周囲を緑や田園に囲まれた「京成の秘境駅」として知られています。

第2位:印旛日本医大駅(約1,820人/日)
• 千葉県印西市にある駅。※アクセス特急の利用人員のみを計上(北総線の利用客は含みません)。

第3位:成田湯川駅(約2,063人/日)
• 千葉県成田市にある成田スカイアクセス線の駅。開発途中のニュータウン北側に位置し、閑散としています。

第4位:東成田駅(約2,101人/日)

東成田が多いのには驚くが、周りに航空機の整備工場などがあるのだらう。

昔の博物館動物園駅の乗降者数は

営業休止直前(1996年度)の利用者は、1日平均の乗車人員が249人、乗降者数では約400〜500人でした。
電車の大型化が進み、多くの普通電車(6両編成)がこの駅を通過するようになると利便性が急激に低下しました。

寛永寺坂駅は、何両まで止まれるか

4両編成まで対応していました。

4両より短いように見えたが

寛永寺坂駅は昭和8年(1933年)の開業時、最大4両編成が止まれる設計(または将来的な対応)を想定していたとされていますが、実際の構造や運用上は3両分しか確保されていませんでした。
駅が廃止(1953年)された後、地下のホーム跡は安全確保やその後の設備改修、地上敷地の売却に伴い、壁で塞がれたり埋められたりして(中略)1〜2両分に縮小しました。